4、教わった内容を最初から自己アレンジしてはいけない。
教わった内容で、結果が出ないときの2つ目の原因が、教わった内容を最初から自己アレンジしてしまう事です。
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4、教わった内容を最初から自己アレンジしてはいけない。
教わった内容で、結果が出ないときの2つ目の原因が、教わった内容を最初から自己アレンジしてしまう事です。
ちなみに、このプロセス以外にも売上を上げる構図として
顧客対象者>見込み客集め(いわゆる集客)>販売>上顧客に育てるというプロセスも分かっているようで分かっていませんでした。
余談ですが、大きい会社に勤めている方ほど、この辺の理解は弱いケースがありますので、独立されると結構苦労される事が多いようです。私もその一人でしたが…
ある特定の分野で良いポジションに着いたり、結果を出したりすると、全体像が見えなくなります。そんな時は、思い切って過去の栄光を捨て、出来ない自分を認めてください。
そうする事で、初めて教わる前提が何かが見えてきます。
私の周りで今実践している人の例をお話させていただきます。
私の会社のスタッフで、看護師としてキャリア20年を持つ方がいます。看護師業務としてはベテランで、看護の道で生きていくなら、将来ずっとご飯はくいっぱぐれは無いのですが、今、うちの会社で営業を学びながら働いています。(ちなみに、将来独立するという目的を持っています)
学んでいる内容としては、営業としてはド素人の為、基礎的なマナーから学んでいます。
経験20年のキャリアを持った方であれば、中々出来ないことなのですが、そのキャリアを捨ててまでも、自分は何も出来ないということを認めて頑張っています。
本人曰く、この認める行為はとても辛かったといっています。もちろん、最初から営業テクニックを教わり、過去に気付いた経験を活かした仕事が出来ると思っていたのですが、営業としては何も出来ないということをしり、自分を認め、基礎的なことをコツコツとはじめたのです。その瞬間、今まで苦であった作業が苦にならず、素直に吸収し始めています。日々成長しています。
また、過去数百人教えた中でも、学生時代、学生の取りまとめ役立ったり、中心人物、国体選手などいました。その多くは、自分は何でも出来ると意気込んで入社されます。
入社してまもなくは、自分なら華やかな成果が出せるだろうという事で、早く企画・提案など、華やかな部分を教えて下さいという風になりますが、現実は仕事の基礎が出来ていないので、初歩から学ばなくてはいけません。そこで、現実に直面すると、何も出来ない自分に落ち込むことがシバシバなのです。
教わって結果が出ない原因のひとつとして、基礎部分が出来ていない事、それが出来ていない・知らない自分を認めることなのです。
それは成功の分かれ道でもあります。認めることで何を教わらないといけないのかが分かりますので、後は、それを学べば目的は達成されます。
3、知らない・出来ない自分を認めること
教わっても結果が出ないときにやる作業として一番辛いとされる作業はこの作業なのです。
それは、無知な自分・出来ない自分・能力の低い自分を自分で認めることなのです。
素直にやって結果が出ないときのほとんどは、教わる為の前提(基礎)が出来ていない事にあります。
営業成績優秀者がマネジメントを学んでも、何処にでも通用する営業ノウハウを理解していなければ、転職しても次はうまく行きません。優秀な人が独立し、マーケティングを学んでも、目の前にお客様がくるノウハウを理解していなければ倒産してしまいます、
どれだけ、綺麗なホームページを作れる人がデザインを学んでも、人から見られなければ作り損です。
つまり、目的を達成する為の基礎が出来ていないと、どれだけ他の事を学んでも結果は出ないのです。
仕事は、やった分しか返ってきません。
やった分とは、目的に対して達成するための手段をやれたかなのです。
結果が出なくて頑張ったのは、達成する為の手段が出来ていなかったということなのです。
つまり、学ばないといけない事を間違えている事に気付き、何が足りないのかを知る事なのです。
その足りないものは、意外と基本的なことだったりするのです。
その際、どうしても自分のプライドが邪魔になります。
私自身の失敗例です。自分で言うのもお恥ずかしいことなのですが、サラリーマン時代の私は評価も高く、仕事をさせれば良い結果を出せる自信はありましたし、実際に出してきました。だから、独立しても何とかなるだろうというへんな自信もありました。
しかし、会社を辞めると知らないことばかりでした。営業は優れていたのかもしれませんが、営業以外の事は知らなかったのです。
最初は色々な経営者に経営の事、会社の作り方など教えを請いに行きましたが、お金は入ってきません。営業は出来る、経営の事も教えてもらった、でもお客がいない場面に遭遇しました。テクニック論を学んで基礎を全く無視していました。
目的は会社を作り大きくする事ですが、会社を大きくする為の売上を作るお客がいないのです。幾ら成功している経営者に教えを請いにいっても、その現状を打破する答えが見つかりませんでした。
この時、初めて自分は何も出来ないんだということを認めました。
でも、この認めるには時間がかかりました。なぜなら、こんなに自分は出来ないんだということを認めることで、今まで全てのものが無くなるような、奈落の底へ落ちる自分が嫌だったからです。
答えを言うと
ビジネスは
商品開発⇒仕入れ⇒生産⇒販売促進⇒営業⇒アフターフォローというプロセスを踏みます。
私は、後工程の営業とアフターフォローを知っていただけで、その前段階を知らなかったのです。(ちなみに、今も勉強中です)
ここに、基礎にあるビジネスが出来ていないと、会社の経営ノウハウを学んでも意味が無いということに中々気付けなかったのです。
今思えば、サラリーマン時代に前の段階部分を学んでおけば良かったと思います。
2、教わる為の対象者の前提(基礎)とは
教わる為の対象者になるには、基礎が出来ている前提になります。
分かりやすい例で例えますと、基礎部分は、一般的なマナーや常識になります。
当たり前といえば当たり前なのですが、実は、この一般的なというワードが曲者です。
一般的とは、最大多数の方が、おおよそそう判断するであろう事です。
例えば、無難な服装といっても、人によっては違います。
Aさんはある程度のブランド品をまとった着こなしの姿
Bさんはブランド品ではないが、汚れているわけでもなく、ちゃんとアイロンをかけた上体の服を着こなしている姿
Cさんは自分が好きな白のスーツを着こなしている姿
と人によっても異なります。
読者のあなたであれば、どのような服装が一般的でしょうか?
Aという人もCという人もいるかもしれません。それは間違いではありませんが、その判断はあなたの主観が入っています。
ここでいう一般的とは、あなた以外の人が、多く支持するであろう服装が一般的なのです。
実はここを履き違えている人が多いのです。
他の例を挙げますと
営業成績TOPで、そろそろ独立をと考えている人がいたとします。その方は独立のために経理や労務に関する知識、商品企画を学び、準備万端で独立したとします。こう書くとほとんどの方は、あの人なら大丈夫だと確信し、失敗を予測しないでしょう。
しかし、失敗するケースがあるのです。
良くあるケースとしては、お客がいないことなのです。
どれだけ営業力があったとしても、経理や労務・商品企画を学んだとしても、お客様がいなくては売上も上がらず、せっかく学んだものが活かせません。
独立の場合の必要な前提は集客ノウハウなのです。
なぜ、この様な間違いが起きるのかと言うと
一般的の履き違いなのです。
つまり、多くの方は独立する場合、今まで知らなかったことを学ばなくてはならないと考え、財務・労務・企画の勉強などをしないといけないと思われがちですが、それは独立された事の無い方の一般的な発想であって、独立した方の一般的な発想では無いということなのです。
次の例でいくと
営業成績TOPだったから他の業界に学びに行こうと転職しても大丈夫だと思ったとしても、転職すると意外と駄目なケースもあります。
なぜなら、営業成績はTOPだったとしても、それはある特定分野のTOP営業マンにしか過ぎず、対象顧客(法人OR個人)・商品属性(高額OR小額)が変われば、全くど素人になる事があるからです。
つまり、ある特定分野で見れば、その方は誰が見てもTOP営業マンなのですが、売り方や取扱い商品が変われば、営業工程でも抑えるポイントが変わってくるのです。
こういうような場合、他の業界を学びたいという動機は正しくても、教わる為の前提は、売り方の違いをマスターしている事になるのです。
マスターせずに、前のままのやり方を踏襲し、異なる業界の知識だけ入れても売れるはずがありません。
教わる為の前提(基礎)とは、分かっているようで、分かっていないケースが多々あります。そんな時はチョットしんどいですが、次のページをご覧下さい。
教わった通りにやって結果が出ないのはなぜ?
1、教えの特徴を知っていますか?
教わったとおりに実行しても中々結果が出ないことがあります。
例えば、お客様に好かれる為に、元気よく挨拶しなさいという教えをもらったので、その通りに実行した。しかし、お客様と円滑な関係が築けないというケースになりました。
教えのとおりにやってるはずなのになぜ?
それは、教えは最初から10を教えず、1しか教えない又は教えてくれない事があるのです。
上記事例は、教えに対して素直に実行しているのですが、結果が出ない実際にあるケースでいくと、身だしなみがダメだったり(印象が悪い)、相手の状況も見ないでいきなり元気よく挨拶していたり(相手の状況配慮)、周りから見たら元気すぎたり(元気の客観的基準が違っている)していることがあります。
つまり、「元気よく挨拶する」の背景には、人として誠実さをアピールしたり、一般的な元気よさの基準以上で挨拶したり、とは言うものの、時と場合によってはその通りに実行してはいけないという教えがあるのです。
それであれば、最初から全部説明してよといわれる方も居られるでしょうが、全てを教えるとなると、膨大な時間がかかったりするケースもあったり、教わる側としても、一気に大量に教えを吸収する為、混乱したり・覚え切れなくなることがあるからなのです。
そのため、教えは基本的に段階的に教えていくプログラムが組まれます。
最初は、全体像、そして、基本的内容、これがマスターできれば応用編・テクニックに移っていくのです。
また、仕事では、仕事の取り組み方などは教えてくれますが、マナー・一般的な仕事感・道徳観などは、出来ている前提で話されます。
特に、不特定多数者に教えていくものは、設計が施されているので、対象者になる前提としての基礎が出来ていなかったり、設計以上のことは教えないということが良くありますので、このことを理解する事は必須です。
つまり、教えには、この段階の人にはこの内容という設定をしますので、それ以上のことも、その段階に行くまでのことも教えないということが発生します。
教わる人が、教えを請うには、まず、自分が教わる対象者なのか、そして、対象者になる為の前提(基礎)が出来ているのかを知る事が必要であります。そして、教えられている事は、10ではなく1を教わっているという前提で学んでいくスタンスを取ってください。
そうすると結果が出るようになります。
ちなみに、私は司法試験合格を目指したことがあります。
実家で一人閉じこもって受験勉強ばかりしていると、合格できるのだろうかという不安と仕事もせず一人で閉じこもっている為、社会からの疎外感や同年代との遅れ感が否応無しに襲ってきて「このままやっていて結果が出るのだろうか」と一人悩み行動を止めました。
結果は、挫折。受験すらしませんでした。
一方で、世の中には勉強を始めて1年で合格した人もたくさんいます。
僕とその人達の違いは何か?
教えに対して信じて行動し続けたことなのです。
合格された方の体験談を読むと、最初は全く分からなかったが日々繰り返し教わった勉強法を実施していた事。教えに対して、疑ったことがあるものの、自らを奮い立たして信じて勉強をし続けたことなのです。
つまり、不安はあったけど、信じて行動したことだけの違いなのです。
そう考えると、今から受験すればとも言われそうなのですが、今の私には別の事を学ぶことにパワーを割きたいので、今は夢として持ち続けているということで許してください。
ちなみに、本書には、師の選び方も書いていますので、そちらを参考にしつつ、この不安を少しでも解消してください。そうすることで、教わる最短コースを歩けるはずです。
仕事で言えば、私は新規開拓が得意でした。営業マンとして何度も表彰されました。TOP営業マンとも呼ばれました。
しかし、それは師の教えを確実に守り実行した事。上手く行かないときは教えた内容を再度聞き返し、何が違うのかを考え、教えの道筋に乗れたことなのです。
上手く行かないときは、実は真面目にやっているが、違う道筋を歩いているのです。
どうですか?
簡単でしょう。
でも、こんな簡単な事なのに、なぜ教わる技術が文章化されなかったのか?
実は、教わる技術にも一つ難しいものがあるのです。
それは、ゴール達成軸とスキル軸
どれだけ、教えられた道筋でも、ゴールをするまでは不安だということ。
この不安に勝てるか否かがとても難しいことなのです。
例えば、「このままやっていて結果が出るのだろうか」という教えに対する懐疑の念です。
そう思ってしまうと、人は不安になり行動が止まってしまいます。
これの解決策はズバリ教えを信じてみること
もちろん見極めも必要ですが、ある一定期間は信じてみること。
信じて、行動し続けること、学び続けることなのです。
こんなことがありました。
私には2人の子供がいるのですが、2人とも駒無し自転車をたった2時間ほどで乗れるようになりました。
昔、テレビのニュース見た時に、短時間で駒無し自転車を乗る方法が取り上げられていました。その方法を覚えていた私は、自分の子供に対し、覚えていたとおりそれをそのまま実践しました。
理屈は簡単です。
段階を踏んだということ
1、自転車の駒を取り、座椅子は足がべったりつく位置に設定します。
※子供が自転車からこけないようにする。
2、子供を自転車にのせ、地面を蹴って少しづつ前に進ませます。
※ここで、バランス感覚を叩き込みます。ひたすら地面を蹴って数秒間足を上げさせます。
3、バランス感覚が身についたと感じたら、一こぎさせて、数秒間足を上げて安定させる練習を行います
4、1こぎできれば、2こぎで練習
5、最後に3こぎ以上で繰り返し練習して出来上がり
知らない方も多かったと思いますが、これはあくまでも教え方の本ではありません。
ここに教わるポイントが隠されています。
人は、最初から自転車がスムーズに乗れている形を想像し、最初からこぐ練習ばかりしようとします。
それを、今教えられたことのみに集中し、自転車が乗れる(ゴール)を意識しながらしっかり今出来ることを実行したこと、そして、自転車に乗りたいという意識の元、教わったことに、教わるポイントがあるのです。
ここで、子供だからとか自転車の乗り方と仕事は関係ないという方も居られるでしょうが
私は仕事もプライベートも教わる技術は一緒だと言い切ります。
なぜなら、表裏一体だからです。
教える人も教わる人がいるから成立する
教わる人も教える人がいるから成立する
つまり、両者いて初めて成立するのだから、表裏一体の技術あるいえる。
言葉を変えると、教える技術の逆が教わる技術なのです。
ここで、一つの例を出してみよう
同じ教育担当者から2人の営業マンが教わっていると仮定する。その結果、一人は業績維持(Aさん)もう一人は急に業績が伸びたが(Bさん)とする。
この現象はなぜ起きるのか?
答えは簡単
教えた人の言葉・認識を自分のものに出来たか否かそれだけのことなのです。
教えというのは
実は言葉の表面に現れないものがたくさんあります。
例えば、教育担当者から、お客様に気に入られる為に、元気に飛び込み営業を行いましょうと教わったので
Aさんは、ただ単に元気に飛び込んだ
Bさんは、Aさんと同く元気に飛び込んだが、その際に相手に不快感を与えないような元気で飛び込んでいった
教えられた内容は、元気に飛び込み営業を行いなさいということなのですが
Aさんが行ったことは間違いではない。教えの言葉のどおりのことを行った。
しかし、教える側には、相手に不快感を与えないことは常識として、教えるまでもないという認識の元、言葉には出てこないというケースがあるのです。
教える側というのは常に10を伝えるわけではなく、10分の1だったりする事が多々ある。その辺りを理解した上で教えた人の言葉・認識を自分の言葉として理解できたかいなかが上記の結果につながるのです。
言葉で書くと難しいのですが、
教える人が敷いた道筋どおりに歩ければ結果は出るのです
「教わる技術」は決して難しいものではない。
既に誰もが持っている技術だと思う。しかし、中々文章化・体系化されていなかっただけのことである。
そのため、読めばうなずける場面は多々あるはずである。
世の中には教える技術の本は氾濫している。その氾濫している本の中に私も一冊を投じている(笑)。興味のある方は調べて読んでもらいたい。
さて、教わる技術とは何か?教える技術と表裏一体の技術だと考えます。
教え方のポイントとしては、
1、教わる相手に分かるような具体的でかつスグに実行できるアドバイスを行うこと
図でいけば、階段の上にいる人が、階段の下にいる人に一段ずつ上る簡単な方法を説けることが大事なのです(つまり、教わる側の視点でものを話すことなのです)
2、教えないといけないことはたくさんあるが、それをそぎ落とすこと(一旦捨てること)
3、常に全体を示唆しながら、各論を説明すること(全体像がぶれない)
4、伝えたいという思いが無いと伝わらない
これに対し、教わるポイントは、
1、教える相手の言葉や認識を自分が理解できる言葉・認識に置き換えること
図で行くと、階段の上にいる人が伝える階段の登り方を素直に実行しながら登り、自分の言葉に落とし込んでいくことがとても大事なのです(つまり、教える側の意図を実行し理解することなのです)
2、教わりたいことが一杯あっても、教えられたことのみに集中すること
3、常にゴールを意識しながら、今の教えをしっかりと学ぶこと(今行っていることが全体像だと思わない)
4、教わりたいという思いが無いと吸収できない